金ピカ先生 死去!死因と年収2億円から生活保護に転落した経緯 | ErimakeeニュースWEB

金ピカ先生 死去!死因と年収2億円から生活保護に転落した経緯

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カリスマ予備校講講師、金ピカ先生こと佐藤忠志(さとう・ただし)さんが2019年9月24日に死去しました。

死因は不明ですが、持病持ちで過去に大きな手術も受けていました。

晩年は、年収2億円の頂点から、生活保護を受けるまでの暮らしぶりが話題になりました。

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金ピカ先生 死去

出典headlines.yahoo.co.jp

金ピカ先生 死去のニュースは、次のように報道されています。

 予備校のカリスマ英語講師で、「金ピカ先生」の愛称でタレント活動もしていた佐藤忠志(さとう・ただし)さんが、都内の自宅で死去していたことが24日、分かった。68歳だった。

佐藤さんは生活保護を受け、独り暮らしだったが、関係者によると、デイケアセンターの職員がこの日、自宅を訪問したところ、冷たくなっている佐藤さんを発見したという。死因は不明。司法解剖が行われる。

1980年代、コワモテの顔に金のネックレスの風貌でありながら、代々木ゼミナール、東進ハイスクールなどの予備校で生徒から絶大な支持を受けていた佐藤さん。人気が高じてタレント業にも進出し、「全盛期には年収2億円超えた」とも語っていた。87年には秋元康氏がプロデュースした「1度きりだぜ人生は―花の受験生応援歌―」で“歌手デビュー”するなど、華々しい生活を送っていたが、近年は寂しいものだった。

2009年、それまで一度も訪問したことがなかった鹿児島・種子島の西之表市長選に出馬。本名よりも知られている「金ピカ先生」の名前で届け出たが、惨敗した。その後は2度の脳梗塞と心筋梗塞を患ったこともあり、表舞台から姿を消した。

18年のスポーツ報知のインタビューでは、日本に1台しかないというクラシックカーを購入する“車道楽”や暴力などが原因で夫人とけんかし、16年ごろから別居していることを告白。離婚調停中だった。自らの生活について「隠居。生きる屍(しかばね)ですよ」と自虐的に話し、朝から酒をあおるなど、不摂生を続けていたが、それまでの人生を「バラ色」とも語っていた。

出典headlines.yahoo.co.jp

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金ピカ先生 死因は?持病持ちだった

金ピカ先生こと佐藤忠志さんの死因は、まだ不明です。

と言うのは自宅で死去していたのを24日に発見されていて、現在司法解剖の結果待ちです。

68歳という若さでしたが、現在は一人暮らしだったため、どのような経緯で死に至ったかがわかっていません。

 

ただし、金ピカ先生は2度の脳梗塞、心筋梗塞で倒れています。

おそらくこれらの病気で弱っている体ですから、いつまた脳梗塞が起きても不思議ではありません。

その時に一人暮らしだった佐藤忠志さんですから、倒れても発見が遅く、最悪な事態を迎えたことと思います。

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金ピカ先生 プロフィール 動画

金ピカ先生こと佐藤忠志さんのプロフィールです。

生年月日、1951年5月4日 享年68歳。

東京都生まれ。

慶応大学法学部政治学科卒。

筑波大学大学院修了。

77年に代々木ゼミナール講師となり、旺文社の大学受験ラジオ講座担当。

88年、東進ハイスクールへ移籍。

「金ピカ先生」の愛称で知られ、40万部突破の「ズバリ!合格の英単語」など参考書、著書多数。タレントとしても活動し、テレビ番組「天才・たけしの元気が出るテレビ!」やVシネマ、ドラマに出演。

拓殖大では客員教授も務めた。

2001年に参院選、09年に鹿児島県西之表市長選に立候補するも落選。

当時の金ピカ先生の動画です。

当時の年収は2億円でした。

講義料がなんと90分で200万円でした。

さらに他に参考書の印税だけで1000万です。

 

あのバブルの時代は、予備校全盛時代で、予備校の講師がカリスマ扱いされていました。

CMにもかつぎ出され、人気講師が次々と排出されていました。

その中でも金ピカ先生のキャラは異色で、テレビのバラエティ番組にも出ていました。

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金ピカ先生 生活保護の晩年

そんなバブリーな金ピカ先生ですが、1年前の記事では、生活保護を受けていると報道されて、世間を驚かせました。

 あの金ピカ先生はほとんど引きこもりの孤独な余生を送っていた。1980年代に予備校のカリスマ人気講師として君臨、高価な宝飾品を身にまとい、独特な風貌でタレントとしても活躍した佐藤忠志さん(67)。1年半ほど前に、長年連れ添った愛妻が夫婦喧嘩で家を飛び出し、今は「やりたいこともないし、やることもない。生きる屍(しかばね)です」。それでもこれまでの人生を「バラ色」と振り返った。

 コワモテの風貌とは対照的に人懐っこい笑顔で親しまれた金ピカ先生。目ヂカラがしかし、失われているようにも見えた。

 「最近ですか? 隠居です。朝からビール飲んでますよ。朝昼晩。飲みたいもの飲んで。いつ死んでもいいんですから。だって、やりたいこともないし、やることもないんだから。生きる屍(しかばね)ですよ。人生、大満足しているから、いいんです。未練ないです。引きこもり生活? そうですよ。政治? まったくです。関心ないです。そんな元気ないです」

 

 「心配していません。早く死にゃあいいと思っていますから。1人で生活して? 1年半ほどです」

 離婚はしていない、という。

 「女房のやつがね。私が暴力ふるったとウソの110番して、警官が6人きて、11日間、留置されましたよ。戻ってきたらいなかったんです。犬連れて。まあ、ほっぽっときますけどね。もう女房に未練ないし」

 そう言いつつも、室内には著名人との写真の他に、若かりし頃の愛妻とのテニスコートでの記念写真などがまだ飾られていた。9年前に脳梗塞で倒れた直後は、愛妻との約束で酒を断ち、食事にも気をつけていたが、1人となった今では自暴自棄のような言葉を度々、口にした。

 妻との喧嘩の原因の1つが、趣味の車だった。CMC社のティファニークラシックを「人生最後の愛車に」と購入した。

 「1億。めったにないですよ。日本で1台しかない車ですから。米国で1億3000万って言っていたのに、目の前で1億積んだらOKというのでね」

 ちょうどその時期の自身のフェイスブックに「糞ばばに入院中に解約された。私の趣味は日本刀と車。(中略)もう私には趣味は無い。生きる甲斐、目標が無い。(中略)自殺では妻の世間体が悪い」などと記し、その後、更新をストップ。安否を心配する書き込みなどは放置されたまま。妻をのろけることもあったブログもやめてしまっている。

 趣味の暴走は、熟年夫婦の亀裂になった。

 「女房が反対したからですよ。勝手にキャンセルしちゃったんです。結局? 買いました。大きなケンカに? 私から車を取り上げよう、取り上げようとするから…」

引用https://hochi.news/articles/20180704-OHT1T50192.html?mode=photo&photoid=2

こちらの下の画像が晩年の金ピカ先生の写真です。

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金ピカ先生 死去に世間の反応は?

酷な言い方だがこういう生き方した人は長生きしない方が幸せだと思う
生活保護に関しては全盛期に払った税金で十分お釣りがくるから困ってから受けるのは悪い事じゃないよ

 

生活保護を受けてたのか…
あんなに金ピカだったのにねぇ。
ご冥福をお祈りいたします。

 

好きなこと出来て、本人は悔いのない人生だったんじゃないでしょうかね。

 

独り暮らしで生活保護。2度の脳梗塞と心筋梗塞。そして、孤独死。
「金ピカ先生」としての華々しいタレント活動期を一人の視聴者として見ているだけに、
「栄枯盛衰」というか、その落差が余計に際立ちますね。
御冥福を御祈り申し上げます。

 

生活保護には驚いたな。職歴からして厚生年金をかけてただろうに…何で?

 

人気予備校講師の先駆けだったのに、なんでこんな寂しい最後に。予備校もテレビも相当稼いだんじゃないかな?上手なお金の使い方をしていれば、面倒を見てくれる人がいくらでもいただろうに。全盛期に笑うのがいいのか、最後に笑うのがいいのか、どちらがいいのだろう?色々考えさせられるな。

 

自分が高校生の頃はカリスマ予備校講師だったな。
ド派手な格好でバイタリティー溢れる人だっただけに、自業自得とは言え晩年の凋落が哀しい。
アラフィフぐらいの世代には佐藤先生に直接・間接的にお世話になった人も多いと思うから、十分に社会貢献は果たしたと思う。

 

ちょっと驚くなあ。68歳という若さもそうだし、年収2億あった人が生活保護だなんて、それまでの税収を還元したと思えばいいのだろうけど、何でそんな年収だった人に生活保護で国がお金を渡さなければならないのか。いい暮らししてたんでしょ?という事なんだろうけど。落差が激し過ぎて、耐えきれなかったんだろうねえ。

 

愛車もあって生活保護??そんなに困ってるように見えないし、厚生年金だってかけてただろうに良くわからん。

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金ピカ先生 死去 おわりに

金ピカ先生は自分のやりたい事をやって、全てやり尽くした感じがします。

ある意味幸せな人生だったのではないでしょうか。

ご冥福をお祈りします。

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